相続コラム
遺言のトラブルあるある【弁護士は見た】
相続対策として「遺言を書くべき」とはよくいわれますが、実は遺言は万能ではありません。遺言の中身や書かれた状況によっては、遺言をめぐってトラブルが起きてしまうこともあるそうです。
そこで、今回はありがちな遺言のトラブル、さらに失敗しない遺言のポイントを紹介します。
事例
私は三人兄妹の末っ子です。この間、一人暮らしをしていた母親が亡くなり、遺言が出てきました。その内容が「長男に全部」というもので、次兄と私は驚き、また憤りを感じています。というのも、長兄は遠方に住んでいて、実際に母親の世話をしてきたのは次兄夫婦と私であったからです。
あとで叔母に聞いたところ、数年前、正月に帰省した長兄が母親にせがんで、自分に有利な内容の遺言を書かせたことがわかりました。「無理やり書かされた」と母親は泣いていたそうです。あまりにひどいと思うので、兄にお灸をすえてやりたいと思っています。どうすればいいですか?
遺言があっても相続トラブルは起きる
ー今回のケースは遺言があってもモメてしまいそうな事案ですね。
そうですね。遺言があってもモメるときはときはモメます。今回は「長男に全部」という遺言が出てきたということで、まず遺留分の問題は出てくると思います。あとは遺言の有効性がどうかというところですね。今回は自筆証書遺言のようですから、まず真っ先に遺言が法的に有効なものかどうかを確認する必要があるでしょう。
ー遺言が有効かどうか……ですか。
はい。形式の不備で遺言が無効になってしまうケースって結構あるんですよ。遺言をめぐって起きるトラブルとしてはベスト3に入ると思います。
自筆証書遺言は形式不備で無効になるリスクがある
まず、前提として、ここで遺言の種類について確認しておきましょう。一般的に利用される遺言の形式としては、自筆証書遺言、公正証書遺言の2つがあります。
自筆証書遺言は、遺言者が手書きで作成する遺言です。一方、公正証書遺言は公証役場で公証人の先生の関与のもとで作成する遺言です。
ー形式の不備で遺言が無効になってしまうケースが結構あると伺いましたが、どちらの遺言にもそういったリスクがあるのでしょうか。
公正証書遺言の場合は、作成に公証人の先生が関わるので形式不備で無効になるという可能性は低いですね。注意しなければならないのは、自筆証書遺言です。自筆証書遺言は遺言者が自分で作る遺言ですが、書き方のルールが細かく決まっています。
少なくとも本文と作成日の日付を手書きで書いて、さらに署名押印しなければなりません。財産目録はパソコンで書いても大丈夫ですが、その場合は全ページに署名・押印しなければなりません。不備が1個でも見つかると、その遺言は無効になってしまうかもしれません。
ーそれは厳しいですね……。
ですから、自筆証書遺言が見つかった場合は、まず「形式不備がないかどうか」が問題になりますね。実際に「遺言が見つかったんだけど」と弁護士のところに相談に来られるケースでも、その遺言がノートの走り書きのようなものだったり、「この家を◯◯にあげます」とだけ書いてあったり、といったことは結構あります。そうなるとこれは民法に規定する「遺言」ではないということになりますで、「これだと遺言として認められませんよ」というお話をして終わってしまうんですけどね。場合によっては、死因贈与契約が認められることもあるのですが、、こういった「ちゃんと書けていない遺言のようなもの」は結構頻繁にあります。
ーこれは遺言を書いた人にとってもつらい話ですね。せっかく書いたのに……。
そうですね。遺言が無効ということになると、遺言がなかったのと同じように扱われますから。自分の意思をきちんと実現するためにも、これから遺言を書こうという方は弁護士にご相談いただければと思います。
遺言無効の問題が絡むとトラブルが激化しやすい?
ー遺言をめぐるトラブルで「これは大変だ」というものはありますか?
激烈にモメてしまうのは、遺言無効の問題が絡む事案ですね。書いた方が認知症などで判断能力が低下していた、偽造の疑いがあるなどの事情から遺言の有効性に疑いが生じているケースです。もし遺言の有効性に疑いがある場合、裁判で戦うことになることがほとんどです。
こうしたケースは遺留分とセットで問題になります。ただ、中には、遺留分に配慮した遺言という場合もあり、その場合は、遺言の無効を裁判で争おうとまで考える方は少ないかなという印象です。
ー遺言が無効になってしまうと、相続の結果が大きく変わりますね。
そうなんです。通常の遺産分割だとたいていは法定相続分どおりに分割することになるので、結論が大きく変わりにくいんです。不動産がある場合は売るか売らないかをめぐってモメるケースもありますが、どこかで落としどころが見つかります。
しかし、遺言がある場合はそうではありません。遺言によって財産をもらえる人、まったくもらえない人が出てきてしまう。当事者である相続人にとっては、ゼロか100かの問題になってくるので、お互い譲歩がしにくいところがあります。感情的なもつれもあるので、最後までとことん争うしかないということになりがちです。
ー遺言で有利に扱われている側は当然、遺言が有効だと主張しますよね……。
逆に、遺言で何ももらえない側は、遺言が無効だと主張したいわけです。まずは遺言の無効を争って、それが認められなかったら遺留分を請求する、という二段構えで争うことになります。
遺産分割の話と違って落としどころが見つからないので、争いが何年にもわたって長期化することも多いですね。
遺留分に配慮した遺言を書いてもモメることはある
ー形式面の不備もなく、書いたときの本人の健康状態にも問題がなく、というケースであれば、遺言のトラブルは起きにくいんです。
いや、必ずしもそうとは限りません。遺留分に配慮した遺言を書いたとしても、モメるときはモメます。
例えば、相続人が子ども2人で「遺産は✕✕に1/4、◯◯に3/4相続させる。」という内容だけの遺言の場合、これは、遺留分に一応配慮してはいる遺言ではあるんですね。
ーしかし、この遺言だと財産を誰がもらうことになるのか書いていないですね。
そうです。このケースの場合、遺産の中に不動産があれば、不動産の価格次第で取り分が変わってしまうということもあり、不動産の価格をめぐって遺産分割調停などでモメることになります。
遺産の中には、不動産や非上場会社の株式のように財産的な価値の計算が非常に難しい財産が含まれることがあります。こうした財産が遺産の中に入っている場合、遺留分に配慮した遺言を書いてもモメてしまうリスクは残ってしまいます。
死後に揉めないことを最優先に考えるのであれば、評価が揉めそうな不動産や株式は先に売却しておくという手もあります。あるいは、不動産鑑定を活用して、生前に相続人に不動産や株式を売却しておくというのも有力な選択肢でしょう。
弁護士からひとこと
財産の有無に関わらず、遺言を残さずに亡くなってしまうと相続トラブルが起きやすくなります。相続トラブルを予防するためにも、全員が遺言を書くべきであるといっても言い過ぎではありません。
もっとも、ここまで紹介してきたように、遺言があってもモメてしまうときはモメてしまうのが相続です。しかし、遺言の内容や作り方に気をつけることで、モメるリスクをできるだけ減らすことはできます。
弁護士は相続トラブルが起きたときはもちろん、遺言作成に関するご相談も受け付けています。もし遺言のことで不安なこと、わからないことがありましたらご相談いただければと思います。