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認知症の母親が書いた遺言は無効にできる?

高齢化社会の到来に伴い、認知症を発症する高齢者の方も増えています。
それと時を同じくして増加しているのが、認知症と遺言をめぐるトラブルです。
遺言を作成するためには本人に一定の判断能力が必要とされるため、認知症によって判断能力を失っている状態で作成した遺言は無効になります。
実務上は「本人が作成当時認知症の疑いがあるから、この遺言は無効ではないか」ということで争いになることが多いです。
今回はありがちな事例を元に、認知症と遺言をめぐるトラブルについてご紹介できればと思います。
 

事例

私は3人兄妹の長女です。
母親は父親亡き後、しばらく兄Aと同居していました。
ただ、私は近所に住んでいましたので、夫婦共働きで多忙なA夫婦に代わって長年母親の世話をしてきました。
 
3年前、母親は認知症の診断を受けましたが、その直後からAが母親の財産を管理すると言い張って、管理してきました。
 
さらに、Aは「おふくろは施設に入れるから」と言い、私は母親に会わせてもらえなくなりました。
入所後の母親の様子はわかりません。
 
最近、母親は亡くなりましたが、突然、Aに全部相続させる遺言書が出てきたことがわかりました。
 
不審に思い、カルテを取り寄せると、遺言書作成の1年前に認知症の診断があり、遺言書作成の1か月前に長谷川式簡易検査スケールで5点、認知症中等度以上と診断されていたことがわかりました。
 
私としてはAのやり方に憤っており、遺言の無効を主張して徹底的に戦いたいと思っています。
私の主張は通るでしょうか。
 

Q:遺言の無効を主張することはできるか?

A:判断能力が不十分な状態で遺言が書かれたと考えられ、遺言の無効が認められる可能性が高いと思われます。
 

認知症と遺言をめぐるトラブルは非常に多い

有効な遺言を残すためには、遺言能力(遺言を作成できるだけの判断能力)を有する本人が自分の意思で、法的に決められた様式にしたがって遺言を作成する必要があります。
 
偽造・変造された遺言や本人が自分の意思で作っていない遺言は無効であり、遺言の内容や作られたタイミングなどによっては遺言の有効性をめぐって相続人の間で争いになります。
 
こうした争いの多くは「認知症の本人が作った遺言の有効性」をめぐるものです。
 
この事例のような相続人の1名に全部相続させる遺言の場合、当該相続人が遺言書作成を主導していくことが多いと思いますが、本人の死後にもめることが予想されるので、できるだけもめないように公正証書遺言を作成しておこうとしておくことが多いようです。
 
ただ、公正証書遺言・自筆証書遺言を問わず、「本人に遺言能力があったか」をめぐってトラブルになるケースが多く見られます。
 

弁護士が実際に遭遇しがちなケースとは

今回の事例に近いケースというのは、弁護士をしていると実際に出会うことが多いかな、と思います。
 
というのも、認知症の診断が出た際に、これまで親の面倒を見てこなかった子どもが突然出てくるということが結構あるんですね。
それで、その子どもが「これからは俺が面倒を見る」「施設に入れるから」といって親を連れ去ってしまい、さらに他の子どもを本人に会わせなくなってしまう。
他の子どもはその後の親の状況を知らせてもらえず、親が亡くなった後でふたを開けたら遺言書が出てきて……というパターンが典型的かな、と思います。
 
この場合、認知症の診断が出た後に遺言書が作られているわけですから、「本当に遺言を作れるだけの判断能力が本人にあやしい」ということになるわけです。
 

遺言の内容をひっくり返せるかどうかの判断基準

遺言を作成した時点で本人が認知症になっており、しかも十分な判断能力がないとなると、遺言を無効にできる可能性があります。
遺言を無効にできるかの判断に関わる要素としては、次のようなものがあげられます。
 

カルテなどの記録

まず、医師のカルテや介護記録といった本人の病状がわかる記録の中で、どんな記載がされているかどうかが重要です。
 
これらの記録の中に、認知症の症状が進んでいることについて具体的な内容の記載があったり、脳が萎縮していることが明らかなMRI検査画像が残っていれば、本人に遺言を作れる能力がないのではないかという疑いが強くなります。
 
なお、医師のカルテのほか、介護認定の際に作成する行政の書類、本人の当時の状況を知っている方の証言も有力な証拠になり得ます。
 

長谷川式認知症スケールの点数

長谷川式認知症スケールは簡易的な認知機能テストで、認知症のスクリーニングに使われます。
認知症の診断においては信頼性の高いテストとして知られており、日本全国の医療機関で採用されています。
 
長谷川式認知症スケールは合計30点満点となっており、得点が20点以下の場合は認知症の疑いありとされます。
 
また、実際の得点から、本人の認知症の程度を推測することが可能です。
たとえば20~15点までは軽度、15~10点前後なら中度、10点以下なら重度である可能性が高いといわれています。
 
遺言を作成した当時の長谷川式認知症スケールで10点以下であれば、遺言を作成できるだけの判断能力が十分になかったのではないか、ということになりやすいです。
 

遺言の種類・内容

遺言の種類や内容もポイントになります。
 
自筆証書遺言の場合は、書いた当時の本人の状況について客観的に証明することが難しいケースが大半です。
そのため公正証書遺言と比較して、遺言の無効が認められやすい印象があります。
 
他方、公正証書遺言の場合は、公証人がその場で立ち会い、本人と面談していることから、「本人がきちんと受け答えできていました」などと遺言書作成当日の本人の状況に特段問題はなかったとされやすい傾向があります。
本人が認知症になっていたとしても、遺言書作成当日の状況からすると、遺言が有効であるという判断がされやすい印象です。
 
このほかの要素として、内容が細かく複雑な場合には求められる判断能力のレベルも上がってきますので、遺言が無効となりやすい傾向にあります。
 
もっとも、公正証書遺言の場合でも、遺言が無効となったケースは複数ありますので、ケースバイケースではあります。
具体的な事情によっては十分戦える可能性がありますので、詳しくは弁護士にご相談ください。
 

遺言の内容は有効・無効の判断に影響しない

遺言の有効・無効の判断において、遺言の内容のみに着目して無効と判断されるわけではありません。
というのも、どんな遺言を書くかは個人の自由だからです。
 
「こんな内容の遺言を書くはずがないから、これは故人の意思に基づく遺言ではない」ということを思われる方もいるかもしれません。
しかし、こんな内容の遺言を書くはずがないかどうかという判断は第三者にとって簡単なものではなく、その内容がたとえ自分の思っていたものと違ったとしても、遺言書作成当時の故人の意思を証明する客観的な証拠がなければ、遺言が無効であると認められる可能性は低くなってしまいます。
 

弁護士からひとこと

親の認知症がわかったとたん、子どもの1人が親を連れ去ってしまい、自分に都合のいい遺言書を作らせたり、「財産管理」の名目で親の財産を使い込んだりといったケースは非常にありがちです。
 
実際、こうした事態に直面し、親の様子も知らせてもらえずに困っている方というのは多くいらっしゃいます。
 
こうした事態を防ぐためには、やはり定期的に本人の財産状況を把握し、他の家族とも話し合っておくことが重要です。
 
親を連れ去ろうとするなど怪しい動きをする人がいたら、毅然と対応することも必要でしょう。
 
子どもだから、兄弟だからと信用せず、きちんとやるべきところは冷静かつ毅然とした態度でやる、ということが重要なのではないかと思います。

この記事を監修した人

田阪 裕章

東大寺学園高等学校、京都大学法学部を卒業後、郵政省・総務省にて勤務、2008年弁護士登録。幅広い社会人経験を活かして、事件をいち早く解決します。
大阪市消費者保護審議会委員や大阪武道振興協会監事の経験もあります。